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十石馬子唄


 白井関所は、寛永8年(1631)中仙道のの脇往還として、信州筋の往来の取締りに設けられた。
 白井は静寂なふところに、いだかれた集落であるが、往時は米穀の取引きが盛んで、米問屋が七軒もあり、佐久米が馬の荷ぐらに3斗5升、馬子も1斗5升の徒俵を背負い、毎日十石の米が運び込まれたので「十石峠」、といわれるようになったと言う。
 1か月のうち6日間、日を決めて市日が開かれ、米のほか、わら・わらじ・ぞうり・みそ・塩・衣類・凍り豆腐などが取引きされ、信州へは木炭・げた・木ばち・紙・六尺の割り竹・ユキワリ草の根(ロートといい明治末年が最も盛んであった)・ゲンノショウコなどが送られていた。
 紺の腹かけ、紺もも引きにワラジばきで、手綱を肩にしながら歌ったのは十石馬子唄である。
 関所では、口銭として米一俵につき七文づつを、7月と12月に計算し、割銭として村の道普請入用のため問屋より、組合へ差し出させていた。村内では長雨の後の道普請や、夏の道草を刈る等のため使用していた。
十石馬子唄

ハアー
 信州信濃と 上州の境
 十石峠の 馬子の唄
ハアー
 よくも染めたよ 馬子さんの浴衣
 肩にくろかげ 裾くり毛
ハアー
 十石下れば 白井の関所
 中仙道の 裏関所
      (囃子ことば)
         行くよだ来るよだ
         三里も先から 足音するよぅだ
         一席もってこい

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